低気圧と鼾

 午後から「暗転」という言葉が当てはまるほど、急激に天候が変わった。
 雪国での仕事が昨日で本当に良かった。

 低気圧とともに、私の不機嫌度数はあがる。

 子どもの友人のお母さんに誘われて、宇宙をテーマにした子ども向けの講演会に行くことになっていた。
 はじめは、そのお母さんが私達親子も車で連れて行ってくれる話だったのだが、 電話があり、急用ができたので、会場入口で待ち合わせをすることになった。そして、私がもう一人の子を乗せていくことになった。
 昨日の夜中から書き始めた原稿を今日中に仕上げなくてはならないし、気持ちに余裕が無い状態でその電話を受けたが、そのときにはまだ大丈夫だった。時間だけ段取りをつけて、出かける準備をする。
 ところが、私が乗せていく子どもが友達を急に誘った。側でその話を聞いていたその子のお母さんも大丈夫じゃない?と軽く言ったらしい。いいでしょう、いいでしょう。友情は大切。どんどんお友達を誘うのは良い事だ。
 でも、連れて行くのは私。急に来ることになった子の家は逆方向。あまりに急なため、その子には家に時間までに来てもらうよう電話をし、講演会は予約制だったので参加者追加の電話を入れた。

 ところが、その子が時間になっても全く来ない。
 突然の吹雪で、自力で向かうことができず、その子のお母さんに送ってもらうことになったらしいのだが、今度はその子の小さな妹が熱を出して、お母さんが身動き取れなくなってしまったのだった。たぶんパニックになっていたのだろう。

 結局、その子の家まで迎えに行き、予定の出発時間より30分近く遅れて会場に向う。待ち合わせをしていたお母さんの携帯番号がわからず、結局ずっと待たせてしまった。少し非難気味の第一声。
 ただただ不運を呪うばかり。講演会を聞いている私の態度はとても悪いものだった(沢尻エリカといい勝負ができたと思う)。会場はスクリーンを使っていたので暗かったのが幸いだった。
 
 スクリーンに映し出された、ネット回線でつながっているハワイの国立天文所の職員の説明を投げやりな態度で聞いていたら、今度は近くの席から、断続的に鼾が聞こえてくる。

 鼾が聞こえる方向を見ると、初老の男性が寝ていた。暗がりで、スクリーンを見上げる姿勢で椅子に坐っているうちに自然と眠気が押し寄せてきたらしい。
 
 この人は鼾体質なのだろうか、それとも、今日に限り、風邪で鼻が詰まっていて、たまたま鼾が出てしまったのだろうか。もし、鼾を家族に指摘されている人であれば、なぜ、そんな一番鼾が出やすい無防備な姿勢で寝てしまうのか。
 以前、新幹線で遭った大鼾の(こちらも)初老の男性について思ったことを思い返す。日頃から人目を気にせず無防備で無神経に生きているのではないか、こういう人たちは。それにも腹が立つ。
 鼾は一旦やむが、ほどなく再開する。
 持っている傘の柄で鼾の主の鼻をぐりぐりとこずいてやりたい。

 何度か繰り返すたびに、私は振り返りその人の顔をにらんでしまう。
 その動作で、やっと講演も終盤の頃、会場の係員が気づいてその男性をやさしく起こしていた。
 
 鼾に気をとられていたら、いつの間にかはじめの怒りはとても小さくなった。
 帰りには、待ち合わせしたお母さんに理由を話し、誤解も解けた。