成人式は荒れているのか

 昨日は那覇市の暴れる成人たちのニュース映像、今朝は盛岡市でのグレートサスケともめていた成人たちの様子が放映されていた。TVの報道や、新聞を読んでいても、これが全国的に多発しているのか、報道されている所だけの局地的な話なのか分からない。暴れたり、式を邪魔する参加者の精神年齢は中学生並みという感想だけである。
 自分の二十歳だった当時を思い出しても精神的にはかなり幼く恥ずかしいことも多々行ってきた。ただ大勢の前で「やらかす」ということは注意深く避けていたとは思う。

 日本で成人=大人になることに渇望や羨望がなくなったのはいつごろからか。

 野地扶嘉著『伝説の呼び屋・永島達司の生涯』の中で、ビートルズが来日し、その演奏を目の当たりにした若者達の中から、まだ大人にならなくても良いと自覚した若者達が誕生したと書かれている。
 大人には分からない物がある、大人になったら失う物があることが発見された瞬間だったと言う。

 子どもの頃の感覚がそれほどすぐれていたのか、自分に置き換えると分からない。しかし、大人になって積み重ねた感覚や価値観は決して悪い物ではないとだけ言える。